南翔老街・雲翔寺 [老上海]
不好意思!
3月19日付の『南翔小籠包』で「以前ひろネコの館で紹介しました」と書きましたが、
あれは私の手違い間違い勘違い。
管理のページの「下書き記事」にすっかり埋もれ、差一点(もう少し)のところで
忘れ去られるところでした。 m(_ _;)m 真対不起!
執筆したのは昨年12月の「冬至」の日です。
春分過ぎてから冬至のネタというのもアレですが、このままボツにしたら後悔しそう
なのでここで一部加筆して公開することにします。
さて、前置きはこれくらいにして……
昔々、上海市郊外の南翔老街に“雲翔寺”(Yun Xiang Si)という佛寺(仏教寺院)
ありけり。建立は南北朝の時代(公元505年)というから1500年以上の歴史がある
由緒正しいお寺で、本来の名は“白鶴南翔寺”(Bai He Nan Xiang Si)と呼ばれて
いたそうな。
現在の“雲翔寺”は2004年に再建されたもので、別名“留雲禅寺”とも呼ばれている。
古くは“南翔寺”とも呼ばれていたことから“南翔鎮”の名の由来にもなったとか。
は~て、どんな所かな?と隙間から覗くと、参拝に来ている人の姿がありました。
南翔老街は地下鉄11号線に乗って南翔(Nan Xiang)駅で下車。商店街から一歩
外れると、まるで古き良き時代にタイム・スリップしたかのような老上海。
はたしてどんな老街なのか? 小籠包で有名らしいので、それも楽しみです。
雲翔寺には随分と大勢の人が拝神(Bai Shen)=参拝に来ています。
はて、今日は何の日?と思ったら、冬至です。
聞くところによると、冬至は御先祖様の供養の日とか。
なるほど、それで長い線香を上げてお参りしているわけですね。
それから地面に跪いて祈祷をはじめました。
ところが意外なことに、それは歌のように優美な旋律を持ち、まるでグレゴリオ聖歌
のようにレスタティーヴォ(叙唱)とアリア(独唱)、そしてコラール(合唱)の
ような構成になっています。
その歌のようなお経を辿って行くと本殿である大雄賓殿が現れました。
いかにも中国らしい金ピカの本堂では複数の僧侶とたくさんの参拝者が祈りを捧げて
いました。
グレゴリオ聖歌のようなお経が終わると僧侶たちは大雄賓殿から出て観音殿に集結。
ここでも僧侶たちは歌うようにお経を読み上げ、それが終わると、いよいよ先祖供養
の儀がはじまります。
跪く者もいれば平伏す者もいる。
日本で先祖供養と言えば春分と秋分を中日とした“お彼岸”ですが、中国では何故
冬至に先祖供養が行われるのでしょうか?
ん~、よくわからん。
そこでいろいろ調べてみると、上海地区には「拝新時節」と呼ばれる先祖祭祀の
行事があり、それは亡くなった人が迎える最初の「四時六節」=春夏秋冬の四季
(四時)と清明節、夏至、中元節、朔日、“冬至”、夜の六つの祭日(六節)に
行われるという。
う~む、これはなかなかディ~プな話であります。
燃やしている紙袋には「先祖○○」や「先夫××」、そして「冤亲債主」「冥府収用」
「奉銀壱袋」などと書かれ、それらの中には紙幣に似せた紙がたくさん詰め込まれて
います。これは亡くなった人が“あの世”に行っても衣食住が満ち足りるように紙幣に
似せた紙、すなわち“紙銭”を燃やして手向けるのだそうです。
最近は“あの世”にも超市(スーパーマーケット)や便利店(コンビニ)ができたので
しょうか?現物支給しなくても“紙銭”があれば現地調達できるようになったのかも
しれません。
今は便利な時代なので、そのうち“紙銭”に替わって“信用卡”(カード)になるかも?
“冥府”(あの世)に“奉銀”(献金)を“収用”すれば、“あの世”でも不自由はしない!
やはり“あの世”に行ってもお金の力がモノを言うのでしょうか?
この国の“拝金主義”はどうやら“この世”だけでは済まないようです。
あいや~、真没想到!
今日はひろネコの館はじまって以来のディープな展開になってしまいました。
南翔・雲翔寺。
機会があれば、是非!
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