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上海譚 - 上海ゲットー(上海ユダヤ難民記念館) [老上海]

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南京条約による日本占領下の上海=租界時代に日本人が多く住んでいた虹口区。
その一角にある無国籍難民限定居住区(現在の提籃橋地区)には1930年代〜40年代
にかけて、ナチスの迫害から逃れてきた約2万人のユダヤ人難民が住んでいたという。
その旧ユダヤ人居住区にあった教会が改築されて現在は「上海ユダヤ難民記念館」に
なっています。 

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記念館にはナチスの台頭とユダヤ人迫害の歴史について紹介され、写真や遺留品も
多く展示されています。
当時、日本が共同租界に「無国籍難民限定居住区」を設置してユダヤ人難民を保護
したのは「ユダヤ人が持つ莫大な財産が目的だった」と中国人の団体を案内している
中国人ガイドさんが説明していました。
ん〜、確かにそういう側面もあったかもしれませんが、そればかりではないような。
(歴史に関しては勉強不足なので何とも言えないひろネコであります)

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天井から吊るされたフィルムはユダヤ人の遺留品のカメラに収められていたという。
そのカメラが下の写真にあるKodak Bronie Frash Six-20 。

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このカメラ、説明には「照相机、1939年美国製」(Camera, made in U.S.A)と
なっていますが……調べたところ意外な事実がっ! ( ̄ロ ̄;) が〜〜ん!

実はこのKodak Brownie Frash Six-20、U.S.A Kodak製には違いないのですが、
発売時期は1946年〜1955年。つまり発売は第二次世界大戦の終わった翌年です。
ん〜、アリバイが成立しない……( ̄_ ̄;) う〜む

で、1939年製というと、蛇腹カメラのKodak Duo Six-20 だったのではないか?
しかもKodak Duo Six-20 はドイツ製だよなぁ……と謎は深まるばかり。( ̄∇ ̄)???

いずれにせよ、使用するフィルムは620のロールフィルム。
620フィルムは現在の120フィルムと同じ幅ですが、スプールのフランジが一回り
小さく、軸も細いので、120フィルムを流用する場合は620用のスプールに巻き直す
必要があります。 

 

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周辺には当時の建物が残っていて、地元・上海の人たちの間では「小ウィーン」と
呼ばれているそうですが…… 

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現在は洗濯物が軒を連ね、中国人の生活感がムンムン臭ってくるゴチャゴチャ横丁。
「これが小ウィーンかよ!」と日本語で秘かに呟くひろネコでありました。
(ウィーンには行ったことがないので、これもまた何とも言えないひろネコでありました)

 


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かいはら

ユダヤ難民記念館、昔と比べるとずいぶんと展示内容が変わってますね。
もう一度行ってみようかな。
16日に上海に戻ります。

by かいはら (2014-11-10 12:54) 

hironeko

かいはらさん
2007年に2号館、2008年に3号館が増築されたようで、それに伴い展示物が年々増えているようです。

by hironeko (2014-11-11 22:38) 

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